2ちゃんねる ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50    

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

■■■明日の日経平均を予想するスレ24463■■■

308 :幸ちゃん ◆m9SwOOeiO5OB :2015/11/23(月) 13:30:04.47 ID:vq7l0JGy.net
 ユダヤ人のカナン侵入…タキトゥス(『歴史』第五巻・第二章)およびユスティヌス(第三十六巻・第二章)が
出エジプト記の歴史的資料を我々に残してくれている。これは楽し読みものであると同時に教えられるところの
多いもので、旧約聖書の他の諸記の資料がどうなっているかについても、われわれはここから推測できるの
である。前記のところ(右に指摘した個所)から知りうることは、潜入してきた不潔なユダヤ民族が、伝染
のおそれのある厄介な病気(らい病)をもっていたところから、エジプト王は彼らが純潔なエジプトにとどま
ることを望まず、彼らを船に乗せてアラビア沿岸に捨て去らせたのである。彼らのあとからエジプト人の分
遣隊が送られたことは事実であるが、これもわざわざ追いだした者を連れもどそうというのではなくて、彼
らが盗みだした貴重品を取りもどすためだったのだ。じつは彼らは神殿から金の容器を盗みだしていたから
だ。こんなやくざ者にかねなど貸す者があろうか! ――上述の分遣隊が自然現象のために絶滅のうき目に
あったことも、これまたまちがいない。当時、アラビア沿岸地帯は飢饉で、とりわけ水飢饉だった。そこへ
ひとりの向こうみずな男があらわれて、自分についてきて言うことをきくなら、なんでも調達してみせると
切りだしたわけだ。この男は野生のロバを見た、などといったことが書かれている。――わたしはこれを歴
史的資料とみなす。なぜならこの散文を基礎として出エジプト記という詩が書かれているからだ。この場合
たとえユスティヌス(すなわちポンペイウス・トゥログス)が、(出エジプト記にもとづくわれわれの想定
からいって)途方もない時代錯誤をおかしているとしても、そのためにわたしは迷わされはしない。なぜな
ら、時代錯誤の百くらいは、わたしにはたった一つの奇蹟ほどにも憂うべきこととは思われないからだ。
――そのうえ右に引用した二人の古典文学者の著作から見てとれることは、あらゆる時代、あらゆる民族に
おいて、いかにユダヤ人が嫌悪され軽蔑されていたかということだ。そのよってきたる一部の理由は、彼ら
が人間の輪廻などというこの生を超えたどういう存在をも認めない地上唯一の民族だったからで、したがっ
て彼らは家畜、人間の屑――だが嘘つきの名人――と見られたのだ。

 創世記第三十四章…ヘブライ語がわからないで、旧約聖書がどういうものであるかを知りたい人は、七十人訳聖書
を読む必要がある。これこそあらゆる訳のなかで最も正しい、最も純正な、最も美しい訳であり、その調子
や色合いにいたってはまったく別ものの観がある。七十人訳の文体は概して高雅・素朴であり、教会くささ
がなく、キリスト教を想わせる点もない。これにくらべるとルター訳は平凡であると同時に信心ぶったとこ
ろがあり、しばしばまちがっており、ときには故意に誤っているところもある。そして徹頭徹尾、教会的・
教化的調子で語られている。右に引用した個所では、ルターは和らげた表現をあえてしているが、これなど
ごまかしとよんでもいいくらいで、彼が「放逐する」と訳している原語は、じつは七十人訳では「殺した」
となっているのだ。

 ともかく七十人訳聖書を読んでわたしの受けた感銘は、「偉大な王ネブカドネザル」に対する心からの敬
意と愛である。大王のユダヤ人に対する処置があまりにも手ぬるいという難はあるけれど。この民族は、近隣
諸国を彼らに贈与あるいは約束するような神を奉じ、強盗・殺人によってその国々を占有して居すわり、こ
の神のために神殿を建てるような人種だったのだ。近隣諸国を「約束の国」にするような神を奉じる民族な
ど、いいかげんにネブカドネザルどころか、さらに現神主アンティオコスに出会うがいいのだ。そしてその
うえは情容赦などいっさい無用でいいのだ!

総レス数 1001
275 KB
新着レスの表示

掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50
read.cgi ver.24052200