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【音楽】元「BOφWY」の“カリスマ・ロックシンガー”氷室京介「引退宣言」の意外な裏事情

783 :名無しさん@恐縮です@\(^o^)/:2014/07/16(水) 23:37:23.55 ID:EFysA35b0.net
寺西姓は、寺の西に住んで死体の処理なんかを担当していた部落姓
昔から畜生の解体業に携わっていたので、精肉店はそういう家系の人
ローリー寺西ってのもいたが、彼も京都の部落地区出身
部落の子は中学くらいになると、自分が周りから避けられてると感じ始めるので
同じ部落連中とつるむ=不良、高校くらいになると実家の家業継ぎたくない=暴走族
ってグレるコースが定番なのだ
松井常松は一般家庭の子だが、親に寺西と遊ぶの注意されていたが
それでも友達でいたので、寺西と信頼関係があったためバンドメンバーに誘われる
実家を継ぎたくない寺西は、松井らとバンドを組んでコンテストに出場し音楽プロダクションと
コネを築いて上京する
デスペナルティ(死刑)としてデビューするものの、全く売れずに解散
その後ベースを担当していた松井は、織田哲郎のバックバンドなどで食いつなぐが
寺西は実家に帰る決意をしたものの、野音でRCのライブを見て考えを改める
もう一度バンドをやることにしたが、新しいバンドのベースは松井として、ギターは同郷のバンドコンテストなどで
面識のあった背の高い奴を誘ってみたら、ホイホイ付いて来た、のちの布袋である
どうせならメンバーもっと増やそうよってなって、布袋の高校のダチのサックス深沢
理由は分からないがいつの間にかサイドギターとして諸星、そしてライブハウスなどで知り合った
年上の福島弁を話す高橋まこと、その6人で暴威を結成する
デモテープを持って、のちに90年代後半に旋風を起こすビーイング事務所に乗り込み
社長に「もう1度バンドやらせてくれ」と直談判する、社長は、あの芸能界のドンこと周防郁雄である
暴威として、もう1度デビューすることが決まったが、あまりにも歌詞の内容が汚い、という理由で
ファースト・アルバム「モラル」はレコーディングから発売まで1年半もブランクが空いてしまった
ちなみに事務所の社長が気に入らなかった寺西は、OUTという曲においてその社長をコケにしたが
レコーディングはしたものの、アルバムに収録されることはなかった(のちにボーナス・トラックとして日の目を見る)
モラルは大したセールス残せず、ビクターとは契約も切れ、事務所も辞め、いつの間にか
深沢も諸星も脱退し、4人でBOOWYとしてライブハウスを中心に地道に活動を続けるのであった

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