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【サッカー】元ヴェルディ天才司令塔、なぜバルセロナでうどん職人に?「食うために…」

2 :失恋レストラソ ★@\(^o^)/:2015/07/28(火) 17:02:19.57 ID:???*.net
>>1
ラーメンは難しいけど、うどんなら作れそう。うどん職人が聞いたら怒りそうな見解ではあるが、実際のところ「宵宵祇園」のうどんには並々ならぬこだわりが見てとれる。

いくつもの組み合わせを試した末、スペイン産小麦粉のブレンド製法を確立したオリジナルの極太讃岐うどん。
化学調味料は一切使わず、昆布と煮干し、鰹節からしっかりだしを取った関西風つゆ。
唐揚げ、いたわさ、ささみインゲンといった酒飲みの心をくすぐるサイドメニューの豊富さも含め、いずれも飲食業未経験者が作ったものとは思えないほど質が高く、美味しいのだ。

「たぶん全然できてないと思うよ、普通の人から見れば。もっと苦労してる人っていっぱいいると思うわ。全然甘いと思うで。せやから、うどん屋も潰れてしまいそうや(笑)」

本人はそう言うが、全くのど素人が手探りでここまでやるには相当の努力を要したはずだ。
もし選手時代に同じくらい努力をしていたら?、と聞くと、彼は「今頃、モナコで家買ってたな」と笑った後でこう言った。

「結局、俺は何にも才能ないからさ。才能あるやつっていうのはそこで一生食っていけるわけやん。俺は才能ないからこそ、いろんなことをせな食っていけんなと思ってるからさ」

高校選手権で脚光を浴び、ヴェルディ時代にサッカーバブルの絶頂期を謳歌した天才MFは今、40歳で初めて経験する飲食店の立ち仕事に疲労困憊する日々を送っている。
それでも「勝ちたい。ていうか食っていきたい。移民やから。民族大移動やから。6人食わしていかなあかんからさ」
と家族のために戦う親父の姿は、選手時代のそれよりずっとかっこよく、輝いて見える。
とはいえ、昔から良くも悪くも規格外のプレーヤーだった彼は、既にうどん屋の先まで見据えているようだ。

「俺のほんまの、これっていうものにまだ当たってないんやろね、職業的に。飲食でもないかもね。何か他のもんが待ってるかもな」


◇石塚啓次(いしづか・けいじ)
1974年8月26日、京都府出身。大柄な体格ながら細かい技術を持ち合わせ、高校時代から「和製フリット」と呼ばれて注目を集める。
卒業後はヴェルディ川崎に加入し、2年目にはJリーグのチャンピオンシップ優勝にレギュラーとして貢献。
2003年に引退後、アパレルブランド「WACKOMARIA」を立ち上げる。
退職後の12年にスペイン・バルセロナへ移住し、14年6月にうどん屋「YoI Yoi Gion 宵宵祇園」を開店。
Jリーグ通算106試合15得点。


※記事ここまで

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