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【落語】月亭方正が「可朝」を襲名の可能性 八方が本気で検討と明かす

311 :名無しさん@恐縮です:2018/09/25(火) 19:55:12.07 ID:0uuazxRI0.net
>>307
幕末 桂幾勢→月亭生瀬
桂の祖・初代桂文治の弟子だったが作家に転じて亭号を月亭にかえた。
桂文治の名前は三代目から大坂と江戸の2つになって初代文枝はあえて
上方・五代目文治を襲名しなかったので月亭生瀬が文治の名跡を預かったと言われてる。

明治 二代目桂文都→月亭文都
初代文枝四天王の一人で初代文三との二代目文枝襲名争いで敗れて
桂派から抜けて月亭文都になり、二世曽呂利新左衛門(初代桂文之助)、
二代目桂文團治(後の七代目桂文治)、三代目笑福亭松鶴、初代笑福亭福松
と浪花三友派をつくった。
月亭文都の弟子・都勇の息子・小勇(後の三代目三遊亭圓馬)は東京へ行って
上方の噺を東京に移植し、後の八代目桂文楽に稽古をつけてた。
東京でトラブルを起こして大阪へ帰ることになって花月派(吉本)に所属したが
吉本は落語を粗末に扱うようになって上方落語は衰退してたのと自身が病気だったので
弟子を東京へ行かせて昭和20年に亡くなったそうだ。

昭和 桂小米朝→月亭可朝

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