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東日本大震災のとき関東人が第二次関東大震災と騒いでいたよね

1 :名無し募集中。。。:2018/06/19(火) 09:49:40.85 0.net
自分たちより被害が大きい地域があるのに

28 :名無し募集中。。。:2018/06/22(金) 02:15:58.17
虐殺、焼殺された日本人は約10万人。隅田川や上野の池は死屍累々で強烈な死臭が漂う血みどろの地獄と化した。
もちろん朝鮮人のしわざである。悪事と暴虐の限りを尽くした不逞鮮人。そのうち自業自得で報復に遭った者約200人。
日本人のおよそ500分の1だ。日本人500人が殺され、それに対し朝鮮人1人が報復に遭った。

朝日は今になって、この朝鮮人だけが被害者であって、日本人は被害者ではないから、謝罪しろと言いたいらしい。
いつもながらとことん厚かましい。さすが朝鮮人だ。

ちなみにデマの拡散に大貢献した大阪朝日新聞。東京本社が焼失しても、大阪からせっせとデマの拡散にいそしんだ。
当時のことを知る者は今では少なくなってしまった。そのスキを突くズル賢こさ。朝鮮人ならではだ。

それらの号外記事を探しても、今ではごっそりとほとんど削除され、捨てられている。彼らの焚書は徹底している。
検閲と証拠隠滅の大家である。今では新聞社のアーカイブはおろか、図書館を探しても、もはや見つけることはできない。

図書館の蔵書でも平気で破り捨てる、朝鮮人のお得意だもんな。

29 :名無し募集中。。。:2018/06/24(日) 00:46:12.35
呼人間(ああ人間)桑原真瑞 其二十六 不逞鮮人の凶暴(P97)

 大正十二年十月二十日迄は、流言蜚語の取締厳重で、新聞記事も之に関する凡ての記事を掲載す
ること出来なかったもの、そは事実の真相を誤り伝える様な事あっては、只さえ不安を感じつつあ
る折柄、更に如何なる騒動を惹き起こすか、図り知れずという懸念もあり、殊に山口正憲一味の強盗
団が盛んに流言を造って火事泥を働いた実例もあり、方々以って正確なる事実の調査終わる迄、混乱中
に起った暴行事件一切の報道をば、其の筋に於いて厳重に取締ったもの、政府の措置は実に用意周到で
あったと言わねばならぬ。
不逞団の暴行顛末を報道し得る事となった十月二十日には、各新聞共、競うて号外を出し、翌二十一

30 :名無し募集中。。。:2018/06/24(日) 00:47:08.75
呼人間(ああ人間)桑原真瑞 其二十六 不逞鮮人の凶暴(P98)

日には本紙に、それぞれ其の詳細を盡して紙面を賑わしくした。
十月一日午後六時頃、本所中之郷附近で、鮮人鄭熙瑩(ていきえい)なるもの罹災者から衣類道具を掠奪し、そ
(れ)を運搬中取押えられ。
同日午後八時過ぎ、氏名不詳の鮮人一名、日本橋北鞘町一石橋際大谷倉庫へ放火して逃走。
同日午後十一時過ぎ、本所柳島電車終点で、鮮人金孫順なるもの、通行の婦人に暴行を加えんとし
て果さず、バスケットを強奪し、一時亀戸署に拘禁されたが、同署類焼のため解放され行方不明。
同日同刻二回に亘り、鮮人姜金山ほか三十名の一団、本所柳島元町呉服商中里奥三方に押し入り、店
員に暴行を加え、呉服類を強奪、姜は亀戸署に拘禁されたが類焼のため解放。
 同日午後六時から十一時に亘り、氏名不詳の鮮人十五〜六名、本所押上町新町裏を、本所榎本豊吉
が夜警中怪しい鮮人団を認めるや鮮人は棍棒で豊吉の額を殴り逃走した、それを群衆が捕え、亀戸小
学校で手当中、更に逃走。

31 :名無し募集中。。。:2018/06/24(日) 00:48:11.71
呼人間(ああ人間)桑原真瑞 其二十六 不逞鮮人の凶暴(P99)

二日午後九時、府下吾嬬町京成電車踏切で、崔先ト、金実経、の両鮮人が、付近警戒中の在郷軍
人にピストルを発射して逃走。
同日午後十一時、吾嬬町にて鮮人林松致なるもの、伊藤染工場屋根に上り、六連発のピストルで
群衆に乱射して逃走。
同日同刻、鮮人三十名ばかりの一団、府下小松川橋と小橋の堤上に縄を張り、通行中の重砲兵第七
連隊第一中隊長代理、高橋克己中尉の自動自転車を阻止して危害を加えんとした。
同日同刻、吾嬬町にて、一名の鮮人が銘酒屋の仲居に暴行を加え。同夜八時頃、荒川放水路木田
町、修理中のトロ内で、呉海模なるもの、ダイナマイト十一個其の他を所持し居るを逮捕。同日卞奉道
卞之泳からダイナマイト二個を貰い、南千住字千住南の鉄道線路に持出したる者あるを捕え。
 同夜十二時、一名の鮮人が府下瑞江村江戸川橋橋脚を鉄棒で破壊中、騎兵第十五連隊の阪本軍曹
らが射殺した。

32 :名無し募集中。。。:2018/06/24(日) 00:49:19.79
呼人間(ああ人間)桑原真瑞 其二十六 不逞鮮人の凶暴(P100)

 三日早朝、内地人が一鮮人を誰何(すいか)したところ、ピストルで射殺した上、更に通行中の職人の後頭部
を傷つけて逃走。同日朝六時、警官二名に追われ両国橋西袂に来た一鮮人を。近衛歩兵一連隊浦谷二
等率が捕えんとしたところ、抵抗した上、爆弾を取り出したので射殺。
 同日朝九時、日本服を着た自称李王源なるもの、毒薬亜砒酸を携え、本所菊川町付近の唯一の飲
料水である消火栓付近を彷徨中、群衆に取押えられ食塩だと強弁し、そんなら自分で試して見よと
そ(れ)を呑まされて忽(たちま)ち悶死。
 同日午後一時頃、爆弾入りのバスケットを持った鮮人四名、南葛飾郡水元村内を通行中、青年団に
取押えられたが逃走。
 一日夜から三日に亘り、自称金某(きんぼう)外四名は月島に入り込み、警戒中の民衆にピストルを放ち、或いは刀
棍棒等で襲撃し、中四名は取押えられたが、その中の一名は一日夜深川東森下町の汁粉屋に放火し
た悪漢、また金某は二日午後九時、月島二号地渡邊倉庫に放火し二棟を焼いた悪漢である。

33 :名無し募集中。。。:2018/06/24(日) 00:51:28.54
呼人間(ああ人間)桑原真瑞 其二十六 不逞鮮人の凶暴(P101)

 此の他特に残酷を極めたのは、二日夜十時、南葛飾郡木田町四ツ木荒川放水路堤上で、鮮人四名が、
避難中の十六七歳の娘に暴行を加えた上、殺害して荒川に抛棄したということ。尚、程ヶ谷山中へ逃
げ込んだ鮮人十余名は、五日午後三時頃、四十歳前後の「吉田」と刻印のある金指輪を嵌めた商人風
の男を殺害した上、六日夕、帷子川で洗濯している程ヶ谷町田中まさ(三七)に」暴行を加えた上、長女
ますえ(七)と共に帷子川へ突き落したことである。
 さすがは不逞鮮人、その残忍ぶりは丁度露国のパルチザンに似て、より以上酷いやりかた、支那
の馬賊抔(はぎ)の遠く及ばざる悪逆ぶりと言わねばならぬ。
 安政以来の大地震で、更に大火災の最中で、幾十万の人間が逃げ惑うておる其の最中の出来事であ
るだけ、群衆の激昂は頂上に達し、不逞鮮人、否(いな)、鮮人とさえ見れば悪魔のよう鬼畜のよう、また猛
獣のよう見做された(こと)は、実に是非もない次第であった。

34 :2409:10:28c0:700:f9ec:b38:4f9a:450:2018/06/24(日) 05:38:41.03
芸能界の多くの人気タレントを輩出する大手芸能プロダクション
プラチナムのスーパーバイザー
川又誠矢とはまたの名を録音恐喝マシーン
・川又誠矢は以前、川又聖矢と名乗っていた。
・川又は、山健組生島組の相談役。結婚のためカタギになったが、その後も生島組時代の名刺をチラつかせて威嚇に使っていた。周囲からは暴力団と変わらないと思われていた。
・公判資料では、X組は後藤組良知組、P組は山健組太田興行(太田会)と実名で記されている。イニシャルにしているのは週刊現代の印象操作で、川又が一般市民で被害者とするためではないか。
・DSEのオーナーとされる芸能事務所を運営する石沢徳州は業界では暴力団と見られ、警察も企業者低とみなしている。
・別冊宝島では猪木事務所の人間と同席。猪木事務所にだけは支払いをしていたので、猪木事務所からは訴訟されていない。
・週刊現代の最初の記事は他別冊宝島用のインタビュー記事の流用。タナカタダシの原稿の二重売りだったが、週刊現代は改めて川又にインタビュー。
・週刊現代のキャンペーンはキレイゴト。講談社はK-1と事業提携している。暴力団と繋がりがあるのが駄目というなら、週刊現代はグラビアにタレントも使えない。
・K-1のバックは川又と同じく後藤組で、猪木祭りでは選手がK-1から派遣された。
・格闘技団体と裏社会の繋がりがあるのは常識。日テレ、フジもそれは承知の上。フジがDSEを切ったのは、これ以上かばいきれないと思ったから。
・日テレの宮本プロデューサーも川又のバックが後藤組との付き合いと承知。「脅迫事件」で逮捕された後藤組良知組若頭の坂本とは宮本プロデューサーが飲食店で歓談しているのが目撃されている。
・一時、ケイダッシュの川村社長と山口組の関係者がそれぞれ、川又を復帰させようと仲介しようとしたが、川又の話のおかしさにそういった話も立ち消えになった。週刊現代での告発は川又の苦肉の策。
・川又のケツモチだった後藤組良知組の坂本若頭らによる「恐喝事件」は、川又の暴力団時代に親しくなった神奈川県警の刑事によるもの。後藤組壊滅作戦と連動したものだったが、捜査関係者からも川又を怪しむ声が出ている。
・そもそも川又は後藤組から5千万円借りていた。それを1億円にして返すという約束だった。それが川又への2億円の要求になって「恐喝事件」なったのは、売り言葉に買い言葉からだったのではないか。
川又が静岡に呼び出されて「恐喝」されたのは、川又が挨拶がなく礼儀を欠いたから。
・バックが格下の暴力団と見ると恫喝。運転手はしょっちゅう暴行されていた。石井館長を灰皿で殴りつけたことも。強い者にへつらい弱い者に威張り散らした。
・投資会社の社長は川又から追い込まれて自殺した。素人のやり方ではなかった。
・川又の一般市民と極道を都合によって使い分けるやり方はヤクザからも外道と見なされている。不払いにあった下請けの業者からも恨まれている。



今週の「週刊現代」ではフジテレビの株主総会の話題が扱われて、PRIDEの放送再開はないのかとの株主の質問に、
DSEの組織が一新されればまた改めて考えるとのこフジテレビ側の回答。清原Pは異動になったが、部長職のままとのことで
週刊現代は批判。

35 :名無し募集中。。。:2018/06/25(月) 20:00:22.73
             大正十二年九月七日 大阪朝日新聞
見よ帝都の惨状
   各区に亘り調査した現況

 東京市内の状態は、焼失後は文字通り焦土のため、実地の踏破
 不能であったが、五日に至り漸く、詳報を知ることを得た。

36 :名無し募集中。。。:2018/06/25(月) 20:01:19.40
                      大正十二年九月七日 大阪朝日新聞

本所区は、大地震と共に若宮町から発火、火焔は向島を煽り、全区忽ち火の海と化した。
避難民は漸次、各公園地内より火勢に追われて亀沢町被服廠跡に集った。深川区民も追い詰められて被服廠跡に
集って、被服廠内五町の広場は積み重なる位避難民が充満したが、猛火はこ
の避難民を充たした廠内を包み、無慙にも彼等全部を焼死せしめた。廠
内には死体が約一尺位、大広場を埋めて重なっており、被服廠の周囲を繞(め)
ぐる道路、溝の中には焼死体が折り重っている。

37 :名無し募集中。。。:2018/06/25(月) 20:02:13.83
               大正十二年九月七日 大阪朝日新聞

▲本所相生警察署の調査に依ると、本所被服廠内の死者は五日夜まで
に検視の済んだものだけでも三万二千五百六十四名に達した。

38 :名無し募集中。。。:2018/06/25(月) 20:02:55.11
                           大正十二年九月七日 大阪朝日新聞

向島に向って逃れた避難民は、小梅橋その他の橋が焼け落ちたために、河中に飛び込んで溺死し、そ
の死体は何れも足を結び、帯を繋いだもの等その儘(まま)焼けて浮いている。凶暴なる火の手は一日午後八時ごろ、
曳船通りを境として漸く鎮まり、寺島村の第七中学及び同小学校に凡そ一万五千人避難しているが、いずれも
火傷を負うて無事な者なく、本所区は住民と共に全滅したといってよい。

39 :名無し募集中。。。:2018/06/25(月) 20:03:31.20
                      大正十二年九月七日 大阪朝日新聞

浅草区は、橋場の古河汽船会社、有馬伯別邸、今井別邸など、川岸にある凡そ百戸及び観
音堂、仁王門、大増の七〜八軒を残し、殆んど焦土と化し、強震と火災の為めに無慙な焼
死を遂げたもの数知れず、死骸は路上に打ち倒れ、凄風漲り鬼気人に迫る。避難民は着のみ着の
ままで浅草公園に一時脱(のが)れたが、忽ち火炎に包まれ、親子兄弟何れも離散先を争うて、新谷町の新場橋方面に雪
崩れ込み、辛うじて生命を取り留めた、その数約一万。

40 :名無し募集中。。。:2018/06/25(月) 20:04:21.11
                      大正十二年九月七日 大阪朝日新聞

吉原方面は、一軒だに残らず全部崩壊、焼け払われ、全町の娼妓妓夫
廓内の住民は生命辛々裏手から吉原公園に辿りつき、ホッとする間もなく火は忽
ち同公園にも及び、千数百名は附近の池に飛び込み、互いに胴を繋ぎ、手を握り
しめたまま全部溺死を遂げた。此の災害から脱し得た住民数万は、何れも市外へ遁げていっ
たが、吾妻橋、廏橋の両橋は仮橋本橋も全く破壊し、僅かに迂回して両国橋を通るもあり、向島、寺島を経て千
葉県、茨城県方面に見るも哀れの状態にて避難しつつある。

41 :名無し募集中。。。:2018/06/25(月) 23:22:51.54
                            大正十二年九月七日 大阪朝日新聞

深川区 一夜の中(うち)に焦土と化した深川区の避難者は殆んど他の方面に来るものがないが
それも其筈、一日夜本所若宮町に起った猛火は強風に煽られ瞬間に深川方面に延焼し、一方大島町の倒壊し
た大会社から東北の強風で両方面から深川を襲ったので、同区は各外廓を一
面の火に包まれて殆んど逃げ場がなく、一部月島、越中島方面の人が葛西方面の荒川放水路から
小松川、行徳方面へ脱(のが)れるなど大混乱を来し、木場の材木置場からも一時に火炎が燃上
ったこととて、同所の水辺に避難していた人々は材木を抱いて水中に飛込んだもの無数で、到る処死体
となって累々と重なり合う有様は鬼哭愀々、面を向ける可くもない。又新大橋、洲崎廓内は激震
と大火と、加うるに激浪の襲来で全く逃場がなく、住民全部行方不明で
ある。

42 :名無し募集中。。。:2018/06/25(月) 23:27:19.08
                      大正十二年九月七日 大阪朝日新聞

下谷区 上野の松坂屋附近から発火した猛火は、一は下谷車坂から坂本浅草方面へと向い
一方は本郷団子坂新谷町本郷三丁目、白山、日暮里に向い、南千住に燃え広がり、家屋全部焼失したが、下谷浅草か
ら脱(のが)れ、上野公園に蝟集した避難民は無慮数十万、道灌坂から谷中墓地等
は避難民の為、立錐の地も余さず山上から泣き叫ぶ唸り声が物凄かった。芝公園、宮の下方
面では烈風に煽られた火炎の為め、三四千の人が手と言わず脚と言わず
火傷を受け其中数十名は苦しみつつ無慙の死を遂げた。

43 :名無し募集中。。。:2018/06/25(月) 23:32:29.45
                              大正十二年九月七日 大阪朝日新聞

日本橋区 流石に繁栄を極めた日本橋区も全然全滅で、人の住んでいる家は一軒もな
く、一眸只僅かに日本橋通りであること丈けが分る位で、後は何処が何処かサッパリ分らない。日本橋の大建
築も地震には助かったが、一日夕方からの火事でやられてしまった。先ず京橋を渉ると第一相互館と星が相
対立して外形丈を止めて居る。此の辺一体が焼けたのは二日午前一時頃である。日本橋通りの木煉瓦は焼
けこげてデコボコである。日本に於ける新知織の淵源である丸善はボール箱を踏みつぶした様に滅茶
苦茶で白木屋は影も形もなく、焼けたのは一日夜十時頃で、客には一人の怪我もなかった。日本橋は
橋標のライオンとキリンが淋しく立って居て破損して居ない。橋畔の森村銀行、村井銀行、国分商店大倉書
店が五日前の栄華を夢にして居る。

44 :名無し募集中。。。:2018/06/25(月) 23:36:21.02
                      大正十二年九月七日 大阪朝日新聞

魚河岸 と青物市場は惨澹たるもので、河岸から江戸橋に至る間に子供を背にし
た女や男の死体が四十ばかりポカポカ浮いて居る。之れらは大抵船に逃げて焼かれた人達
である。河岸は焼かれた船で一ぱいである。流行の中心であり、日々五万の客をよんだ

三越 の前に女の黒こげ死体が投げ出されている。其の附近を二
三百の男女が掘り返して何かさがして居る。三越の焼けたのは一日夜の八時頃で、
大地震の時は客が一パイで大抵はスリッパのまま表へ飛び出し、其の混
雑は言語に絶し、全部出る迄に四時間を費したそうだが、幸に怪我人はなかった
らしい。三井物産、三井銀行は全焼して形骸だけを止めている。

45 :名無し募集中。。。:2018/06/25(月) 23:40:48.65
                      大正十二年九月七日 大阪朝日新聞

日本銀行 は日本橋区に於ける唯一の残った建物で、僅かに三階を焼いた許りである。着剣
の軍人に護られ、三日から営業を開始して居る。金準備、未発行紙幣、補助貨幣等
は総て地下室にあるため、全部安全であった。兜橋は焼落ち、

兜町、蠣殻町 の相場町も附近の人に聞いてヤット其の位置を知る位で、金の為めに目の色
を変えて居た連中も夢から醒めたことであろう。省線ガードから日本橋通りを総なめ
にした火は、永代橋を焼いて向岸を焼きつくした。発火は激震と同時に日本橋
鉄砲町附近から出火したもので、火の手は乾き切った問屋町を一舐め
にして八方に飛び、日没頃には全区炎々たる焔と黒煙で被われ、銀座と築地方面の火と合して表通
りの大会社商店など見る見るうちに高層室の窓からメラメラと火を吐いた。

46 :名無し募集中。。。:2018/06/25(月) 23:51:01.39
                          大正十二年九月七日 大阪朝日新聞

京橋区 一日正午の激震後間もなく、京橋山城町に起った火災は、西南の
風に強(したた)か煽られて勢い猛烈を極め、二時間の後には中央新聞社、ジャパン・アドヴ
ァタイザー社、電報通信及び銀座電話局等を紅蓮に包み、消防の配備は殆んど
及ばないために、潮の寄せるように猛威を逞しうして数寄屋橋、滝山町、日吉町へと進んだ。この際更
に一方の火の手は宗十郎町の

芸妓屋街 から起って国民新聞社附近一帯から新橋際に広がり、
北方に進んで南鍋町、時事新報社、実業之日本社、カフェ・パウリスタなど全く無人
の境地と化し、わが東京朝日社が双方の火の手に包囲された
のは薄暮に近い五時半頃であった。そのうち日本橋方面から火龍の如く
南下した火と共に銀座通りを埋め、東京随一の市街地は夜半までには文字通りの広野と化し、一町を焼く毎に
勢いを加える火の手は、銀座東裏を突破して二日朝頃までには采女町・・・

47 :名無し募集中。。。:2018/06/25(月) 23:53:22.87
                      大正十二年九月七日 大阪朝日新聞

農商務省 日露交渉の記憶新な精養軒、木挽町の逓信省等、悉く
烏有に帰し、築地方面の外人住宅地等亦空しく焦土となって、到る所大建築の残骸から余煙と残火
を吐くのみである。この間赤羽工兵大隊の防火隊は、水を以て消化することが全然不可
能となったので、ダイナマイトを投じて家屋を破壊し防火区域を到る
ところに作ったがこれまた功を奏せず。

48 :名無し募集中。。。:2018/06/25(月) 23:57:43.84
                      大正十二年九月七日 大阪朝日新聞

銀座 を舐めつくした火は猛り狂って芝口から芝浦埋立地に飛び、
一日夜十一時十五分、ガスタンクは轟然たる音響と共に破裂して、黒煙
と焔は天を真紅に染めた。『そら危い』と火焔の方面を眺めて避難した人は多く
芝公園方面に集合し、樹の間と増上寺本堂附属舎墓地等全山を埋めて、焼け残りのトタン板を屋根とし辛うじ
て一命を拾った人々、妻子親類を失った人など恐怖と絶望と飢餓、疲労あらゆる災害を一時に受難して鳥
獣に等しい生活に辛うじて生命だけを繋いでいる。全市の火、漸くおさまったあとには立退所と書いた札を
舁(かつ)ぎ、我家と覚しき跡を悄然と眺める者、近親知友の安否を案じて焼跡を探す者など、黙々として流れをなし
ている。

49 :名無し募集中。。。:2018/06/25(月) 23:59:37.70
           大正十二年九月七日 大阪朝日新聞

新富座前 には黒焦げとなった男の死体がいまだに取り残され、
築地河岸には逃げ場を失った人の死体が浮流している

50 :名無し募集中。。。:2018/06/26(火) 00:06:49.24
                      大正十二年九月七日 大阪朝日新聞

芝区 に於て焼失されたのは芝口一丁目から金杉四丁目までで、芝区の下町方面全部
を焼滅し、同区の半ばにのぼる(山の手方面は焼失せず)二日の午前五時過まで烈しい勢で
燃え続け、全部鎮火に至ったのは三日夕刻である。焼失家屋約二万五千、罹災者
約十二、三万人、(同区全人口は二十万人)、死傷者約二千人、内死者
約二百五十人、十八の小学校中焼失されたるもの九校。但し御真影は全部安全、芝区役所、愛宕
警察署、消防署、巡査練習所は焼失、十七個の交番のうち十四は焼失。

51 :名無し募集中。。。:2018/06/26(火) 00:08:40.65
               大正十二年九月七日 大阪朝日新聞

芝公園 和蘭公使館は安全。芝公園、殊に増上寺本堂は無数の罹災民で埋
まっている。

52 :名無し募集中。。。:2018/06/26(火) 00:11:59.34
                      大正十二年九月七日 大阪朝日新聞

小石川区 今度の災禍で最も被害の僅少なのは小石川区であっ
た。五日午後二時現在の小石川署の調べでは、焼失した町は須川町と信濃町のみで、戸
数にして焼失八百四戸、倒壊家屋百四戸、その他軽微な破損家屋は無数にある。死
者六十名、負傷者は調べの付かない程ある。焼失した家屋で最
も大きなものは、東京

砲兵工廠 で、工場の大半を焼き、残存した部分も地震ですっかり
破損しているから作業に取りかかるまでには可成りの日数がかかる。お隣の陸軍工学校も深い痛手を
受けている。倒壊家屋で最も大きなものは何と云っても・・・

53 :名無し募集中。。。:2018/06/26(火) 00:16:16.94
                      大正十二年九月七日 大阪朝日新聞

博物館 印刷工場である。一日の激時に作業中であった職工百名は、倒壊家屋の下
敷となって全部死傷したので、赤羽の工兵隊から救援隊を派遣して、五日には大体の後始末を終っ
た。区内の整理も略(ほぼ)片が付き、之れで電灯が点き、水道が通じるようになれば平素と変らないと其筋では云っ
ている。この区も他と同様、夜間の物騒さは予想外で、各町毎に自警隊を組織し、町の入
口に縄張を設けて武器携帯の若者が監視している。見張所の横には没収した鉄棒や大刀、小
刀、ナイフが山と積まれている。皆焼け跡から持って来るものであろう。三尺の秋水も赤黒
くなっている。

54 :名無し募集中。。。:2018/06/26(火) 00:22:11.74
                      大正十二年九月七日 大阪朝日新聞

神田区 は一つ橋と三崎町から一日午後零時半、同時に倒れ
た家から火を発した。十数年前の大火より一層激しく、火は隣接の日本
橋、下谷方面からも襲来し、僅かに神田川河畔の和泉町一角百戸余が残
ったきり、他は一眸の下に下町全体を見徹せる。万世橋駅は赤煉瓦と鉄骨を残し、
広瀬中佐銅像がひとりポツネンと須田町の目標となって居り、あの東京名物の一つとなっていた

ニコライ教会 も竈(かまど)のように外部だけがその存在したことを語っている。この区の震
災は神保町、小川町が一番甚だしく、神保町交叉点には地震の為め圧死
した死骸を電車線路に並べたまま、後の火災に焼いて了(しま)った。神田橋、一つ
橋共に焼け落ち、商科大学の一部と如水館、女子職業学校などは火災を免れた。

55 :名無し募集中。。。:2018/06/26(火) 00:32:29.61
                      大正十二年九月七日 大阪朝日新聞

郊外 一先ず上野の山に若干の家財、蒲団に勝手道具等を積み込んで樹の間に陣取った連中
が、二日の午後から火の手が変り、上野駅から公園の上に這い上り、常磐華壇に火がつきそうになり、木の葉に燃
えついたのでヂッとして居られず又復(またまた)或は鉄道線路に沿い、或は市内電車線路によって、続々田端、大
塚、巣鴨方面へと今度は荷を軽くして避難し始め、親族知己の家、少しでも青草の
生えている原、一寸(ちょっと)とした寺の境内等を避難所として落着くと、又復(〃)谷中方面が危ないと
言うので逃げ出す始末。それが二日の深夜になって「火は常磐華壇でとめました。」との青年団ら
の報告で一安心すると、今度は米がない、店に行ってもない、パンもない、馬鈴薯や茄子は三
倍も高いという仕末であった。一番困ったのは避難民を引受けた家々の便所だ。平日の三倍四倍と
人口が激増したので忽ち充満して来る。到底想像のできない困惑である。

56 :名無し募集中。。。:2018/06/26(火) 19:01:07.64
             大正十二年九月三日 大阪朝日新聞 朝刊

何の窮民か
   凶器を携えて暴行
 横浜八王子物騒との情報

(二日午後七時金沢某所着電、長野よりの情報)二日正午戒厳令発布と、東
京を追い払われた約二百名の不逞漢、いろいろの凶器を携え八王子市に入
り込み、不穏の形勢あり。夕方に至り悪化して暴徒と化し、市民は付近の
山中に避難し、警察署は官公吏、青年団に武装を許し、相対峙している。
列車は八王子に入るを得ず、右(上)不逞漢は東京、横浜に連絡を有するも
のと伝えらると。

▼横浜の罹災民、避難地へ不逞漢多数暴れ込み出兵を要求したと。(串本
電報)

▼横浜地方ではこの機に乗ずる不逞鮮人に対する警戒頗(すこぶ)る厳重を極む
との情報が来た。

57 :名無し募集中。。。:2018/06/26(火) 19:02:42.27
            大正十二年九月三日 大阪朝日新聞 朝刊

艦船の外航禁止
   一部は塩釜へ廻航

海軍大臣は二日午後、各鎮守府長官に対し、海外発航予定の艦船は全てそ
の行動を取止め、東京方面に救難輸送任務に尽さしめられるよう取計ら
われたし。

58 :名無し募集中。。。:2018/06/26(火) 19:18:20.60
               大正十二年九月二日 大阪朝日新聞

横浜市は死滅の惨状
  市民は争うて船に避難す

横浜碇泊中の汽船無線電信より銚子無線電信所への
報に依れば、横浜市は大地震と同時に大海嘯及び火災
を起し、家屋倒壊或いは流失し、総ての機関停止され、僅
かに碇泊中の倫敦丸無線に依り、銚子無線を経て通話
するの状態なりと(串本電話)。

【潮岬無線電信】日の岬無線局及び横浜碇泊船の無線とは辛うじて通信
をとりつつある。午後五時半、地震は鎮まったが火災は尚お鎮まらず、
相生町四丁目の高田商会絹糸部は全滅した(串本電報)。
紀州潮岬無線電信所と横浜港碇泊の倫敦丸、巴里丸、無線電信局と
の通信によると、一日正午頃突如、横浜地方に強震あり、同時に大海嘯
起りために家屋の流失頗る多く、又火災を起し、人畜の死傷も亦多きに
上る見込みにて、市民は続々巴里丸、倫敦丸に避難しつつあり、これが
ため東京、横浜間の通信は全然杜絶したるため、東京市の状況は判明せ
ざるも恐らくは横浜と同程度と思わる(和歌山電話)。

59 :名無し募集中。。。:2018/06/26(火) 19:24:47.58
                        大正十二年九月二日 大阪朝日新聞

全市火の海と化す
    死傷何万あるやも知れず
  本社へ救助の電報

 一日午後九時一分、神奈川県警察部長発本社宛。
本日正午、大地震に引続き大火災起り、全市殆ど火の海
と化し、死傷何万あるやも知れず、交通通信機関全部不
通、飲料水食糧無し、至急救援を乞う【銚子無線電信コレヤ
丸経由】。因みに大阪府知事宛にも同様の電報が達した。知事官邸につき救援の方法を尋ねようとし
たが不在。又藤沼警察部長は浜寺の別荘に行き不在の由で、何等知ることが出来なかった。

60 :名無し募集中。。。:2018/06/26(火) 19:29:34.03
       大正十二年九月二日 大阪朝日新聞


死者六七百名に及ぶ
   御殿場駿河駅の大惨害

名古屋運輸事務所から大阪駅に達した情報によると、
東海道線御殿場駅から駿河駅に到る間の震災甚しく、
家屋全部倒壊し、死者六〜七百名に達する見込であると。
【名古屋鉄道局着電】裾野駅構内上り線及び御殿場駅も
全部崩潰、同町の住家殆ど全壊した。

61 :名無し募集中。。。:2018/06/26(火) 19:54:25.40
       大正十二年九月二日 大阪朝日新聞

熱海町にも死者夥し
熱海線熱海町にも強震家屋倒壊のため六百人の死者
を出したと。これは第一特急列車の通過した後線路工
夫が一駅一駅を連絡して名古屋運輸事務所に齎らし
た情報である。

激震地を通過して
   名古屋に着いた乗客の話
 レール蚯蚓(ミミズ)のように曲る・・・

62 :名無し募集中。。。:2018/06/26(火) 19:56:41.67
一日午前八時四十五分東京駅を発
した三等特急は約五時間延着し、午
後九時名古屋駅に到着した。一乗
客は硝子の破片に傷いた顔面を気
にしながら「恰度正午頃に沼津駅
に差しかかろうとした時に急に列
車の振動が劇しくなり、列車は著
しく傾斜して倒れそうになった為
め、一般乗客は大に狼狽し腰かけや
窓口によって身を支えた程であ
る。列車の振動が激しい為め、乗務
員は応急手段として一旦三島駅に
引返したが、とても支えることが
困難であったので再び沼津まで西
進し、同駅で全部の乗客を一旦降車
せしめたのである。そして劇動は
十五〜六回、微動三十数回に亘り揺
り返しがあったので、通行人は佇立
することすら出来ない始末で、柱或い
は家屋に寄り添うて漸く事なきを
得たが、硝子の破片並に落下した
屋根瓦の為めに傷いた人が多数に
ある。・・・

63 :名無し募集中。。。:2018/06/26(火) 19:57:34.55
沼津町附近住家の井戸水は
溷濁夥しく、大きな建物はそここ
こに倒れているのを見受けた。三
島町に於ける倒壊家屋は夥しい
模様である。沼津駅構内のレール
は蚯蚓の如く曲り曲っていた云
々」と、当時の思い出しつつ語って
いたが、尚おその後の情報による
と沼津地方には一日夜も引続き時
時震動あり、大地の到るところに亀
裂を生じその間から砂を吹き上げ
ていると(名古屋電話)

64 :名無し募集中。。。:2018/06/27(水) 18:56:38.74
              大正十二年九月四日 大阪朝日新聞

帝都は見渡す限り焦土
   断水の街の大火を吹捲る旋風
   此世ながらの地獄を逐一踏破
      本社船越特派員が決死的に目撃した東都の惨状

予(船越特派員)は東京市全滅の飛報に接し一日夜九時、富山から信越
線に出で高崎、大宮を経て川口町に達すると、荒川鉄橋傾斜のため列車
不通というので徒歩して鉄橋伝いに赤羽に出で、更に危険を冒して
日暮里から上野に達すると早くも鉄道線路の上は避
難民で一杯であった。前途の家屋は濛々黒煙に覆われ、
その中から紅蓮の炎が時々猛烈に起るので附近に近
寄れない。已むなく上野の高台に上ると、ここも数万の避難民で犇め
いている。ここから初めて東京市を見下すと真に物凄い光
景で、焦土と化した焼野は一目千里のようである。遉(さす)がの
帝都も今は昔の武蔵野と化した。一日から起った大火は、警視庁・・・

65 :名無し募集中。。。:2018/06/27(水) 18:57:15.24
赤阪見付、砲兵工廠、帝劇、高輪御所、印刷局、中央気象台、丸の内ビ
ルディングなどの大廈高楼を訳なく嘗め尽した上、一日は夕刻から東
京目貫の日本橋、京橋、下谷、神田、本所、深川方面に燃え広がり、水道
断水の上に旋風全市を吹き廻ったので、火の手は益(ますます)猛
り狂うのみで火の海と化し、数十万の避難民が上野、日
比谷、芝、浅草、宮城前などの広場をさして詰め掛け、夜
を徹して喚く様はこの世ながらの焦熱地獄である。近
衛第一旅団に全動員令を下して防火救護に当てたるも何等の効なく、
夜に入っては一層凄惨を極め、二日朝に至って浅草吉原から
北は上野方面まで火の手を揚げ、文部省、大蔵省、内務省、有
楽座、帝国ホテル、博物館、松坂屋呉服店、三越呉服店、順天堂病院、学
習院、士官学校、帝国大学医科大学、白木屋、両国駅の外、浅草名所の十
二階の塔も半分どころから折られ、其他銀行、会社、工場等は悉
く烏有に帰した。朝日、万朝、国民、時事、中外等の各新聞社も焼
失して麻布、新宿、小石川、牛込等の山の手方面を除いた外、九段も坂下
まで火の海となり、本所、深川、洲崎、浅草公園一帯から浅草橋、吉原、南
千住、山谷、廏橋、竹町より上野方面と麹町六番町、日本橋、両国、本郷
帝大を切抜けて神田一帯と丸の内は尽く焦土と化し、僅に焼残っ
ているものは本所、深川の幾部分と丸の内の東京駅と
海上保険のみである。その他橋という橋も全部焼け落
ちた。日本銀行も二日遂に焼失した。

66 :名無し募集中。。。:2018/06/27(水) 19:11:26.42
              大正十二年九月四日 大阪朝日新聞

惨状目も当てられぬ
 路傍の死傷者
    東南部のみで十数万
  一日から未だ一食も摂らぬ
        (船越本社特派員長野三日発)

(第二報)今の東京全市は焦熱地獄と化した。焼け出された死体
は到る所の路傍にコロがって鬼哭啾々、住むに家無く
食うに物なく悲惨を極めている。本所、深川方面は東
京瓦斯タンク爆発のため一層死傷者多く、目黒の火薬
庫も爆発した。両国、万世橋其他の橋梁も悉く焼け落
ちた。これがため避難民は一層逃場を失った。本所、深
川方面の死者のみにても数万と註せられ、浅草公園の
池には女子供の死体が一杯になり、血の池と化している。・・・

67 :名無し募集中。。。:2018/06/27(水) 19:12:16.96
本所の元被服廠では避難民三千人が紅蓮の焔の包囲攻撃を受け
たので被害甚だしかったため、路傍に焼けたる死体が累々と積み重って
誰れとて片付けるものもなく酸鼻の極である。これ等の死傷者
全部を合すると十数万の多きに上り、生ながらの火葬
である。これ等の死傷者に対しては隣県、赤十字、鉄道病院等から多
くの救護班を繰出して救護に努めているが、延長数里に亘る広野原と
て容易に手が届かない。一方食うや飲まずの二百万市民に対しては東
京府、埼玉、群馬、千葉、栃木、茨城の各県等から在郷軍人、青年団の総
動員を行い食糧輸送に努めているが、焚出しも交通機関全滅の
ため中々行き亘らない。一番避難民の多い上野の如きは避難民が
餓えきって命も絶え絶え、飲む水すら水道断水のためなく、絶体絶命に
陥っている。宮城は二重橋、乾、大手、桜田、和田倉の諸門が悉く倒壊した
ので、内苑の一部に避難民を収容あらせられ、特に炊き
出しを頂いている一日のお昼から未だ一食も摂らな
いものが多い。その上に大部分着のみ着のままに逃げ出したもの
が多く、子供や女が寝巻で路頭に彷徨して鉄道線路や地上に蓆も敷か
ず昏倒して全く野宿のままでいるのがある。家族四散して途方に暮れ
いるもの、子供を見失ったもの、病人を連れている者、重傷を負うてい
るものなど、この世ながらの生き地獄である。上野の公園一帯は修羅場
と化し荷車で荷物を運ぶ者、大路で寝ている者など哀れの極みである。
夜間は暗黒世界となるので一層惨澹を極めている。

68 :名無し募集中。。。:2018/06/27(水) 19:16:26.48
              大正十二年九月四日 大阪朝日新聞

各地でも警戒されたし

     警保局から各所へ無電

神戸に於ける某無線電信で三日傍受したところによると、内務省警保
局では朝鮮総督府、呉、佐世保両鎮守府並びに舞鶴要港部司令官宛にて、
目下東京市内に於ける大混乱状態に附け込み、不逞鮮人の一派は随所
に蜂起せんとするの模様あり。中には爆弾を持って市内を密行し、又
石油鑵を持ち運び混雑に紛れて大建築物に放火せんとするの模様あ
り、東京市内に於ては極力警戒中であるが各地に於ても厳戒せられた
しとあった。

69 :名無し募集中。。。:2018/06/28(木) 01:17:46.19
              大正十二年九月四日 大阪朝日新聞

電信線一線漸く(しばらく:ひとまず)開通
    先ず外国元首の御親電を

二日来開通に腐心していた中仙道より松本、高崎、浦和を経、東京に至
る大阪、東京間直通電信線が三日午後一時五十分、一回線漸く開通し
て千住三等局に接続し得たので先ず、外国元首よりの御親電を大阪中
央電信局通信課長広島事務官が親ら(自ら)東京への第一信としてキーを打
ち初めた。併(しか)し宮内省が焼失し所在不明なので千住局では電信を受
ける一方所在捜査中であるが、この御親電以外は至急官報といえど
も未だ取扱えるか否か不明である。

70 :名無し募集中。。。:2018/06/28(木) 01:18:22.82
              大正十二年九月四日 大阪朝日新聞

孤立状態の東京
  更に聞く各地の惨害

(第三報)目下東京方面に行くのに辛うじて列車の通じているのは信
越本線で、富山、川口駅間、東北本線のみでその他の線路は今の所回
復の見込がない。中央線では塩山新宿間が全滅、東海道線では静岡以
東が滅茶滅茶となり、常磐線では取手、我孫子間の利根川鉄橋が傾斜
しその他流失決壊が無数のため不通。信越線も川口駅と赤羽間は荒川
鉄橋傾斜不通のため、日暮里、上野間も避難民の右往左往する者が多い
ため運転不能。何れも徒歩連絡をとり、従って東京は孤立の状態
に陥り全く物資がない。深川倉庫の米のみでも七十万
石を焼失した。殊に静岡から以東横浜までの沿岸は震源地に近か
ったので海嘯と地震と火災のため全滅し、東洋第一と誇った流石の貿
易港も跡形ない。横浜のみで焼いた生糸の数量は五万梱
だと称(とな)えられている。小田原、沼津、鈴川地方は三尺も
陥落した。東京に続いて惨害が多いのは大宮から上野までで、鉄道省
の大宮工場と山丸製糸場全滅のため即死者二十余名外に重軽傷者九
十余名を出し、特に川口町六千戸は悉く地震のため倒壊
し見る影もなく避難民は途方に暮れている。荒川鉄橋も大傾斜し、
この附近一帯は道路田畑悉く亀裂を生じ、復旧の見込なく哀れなもの
である。磐越方面も被害が多い。その他電信電話線の切断無数、復旧もち
ょっとでなく今のところ電信の通じているのは松本、長野、直江津、新
潟のみである。東京市内の自動車電車は何れも立往生の
儘(まま)焼失している。

71 :名無し募集中。。。:2018/06/28(木) 01:19:50.78
              大正十二年九月四日 大阪朝日新聞

帝都の損害五十億円
    恢復(回復)までに何年かかるか
  夫よりも目下は食う問題

(第四報)今回の東京の罹災は嘘のような事実だ。二百万市民の大帝
都は一朝にして焼野と化するなど自然の脅威も偉大である。これまで
のような立派な帝都を元通り建設するまでには今後二十年三十年の
歳月はかかる。損害五十億円と見積るとも多くはないとの噂が高い。
今後東京市というものを如何にして恢復するか、失業者はあっても職
業がない。夥しい避難民を如何にさばくか、学校も会社も行政庁も休
止の外はない。現在の罹災民は物の執着よりも生の問題である。如何
にして生計を立てんかと途方に暮れている。

72 :名無し募集中。。。:2018/06/28(木) 21:30:45.05
         大正十二年九月四日 大阪毎日新聞 第二号外

    東京府、神奈川県全部に
     戒厳令区域を拡張す

 戒厳令区域を拡張して、東京府下全部及び神奈川県全県下と規定された
 結果、関東戒厳司令部条例を発し、即日施行せられた。(東京電話)

    司令部を急設
      隣接五県の在郷軍人召集
      秩序維持、食糧分配に力む

既報二日午後六時、東京市及び近接五郡に戒厳
令を発布したが、更に三日、関東戒厳司令部を組
織して福田雅太郎大将之が司令官となり、府下
及び神奈川県下にわたり、戒厳令を発布し、社会秩
序維持並びに食糧分配に当たるはず。尚、隣県五県の在
郷軍人を動員し、食糧の分配に当たらしむるはず。

73 :名無し募集中。。。:2018/06/28(木) 21:35:26.89
           大正十二年九月四日 大阪毎日新聞 第二号外

各師団から東上
   安寧と罹災民救助に

戒厳令の布かれた結果、近衛、第一両師団が東京
に集中されたほか、宇都宮、高崎、佐倉の各隊等も
全部集中。帝都の安寧と罹災民救助に従わしむ
るはず。(高崎来電)

 松本連隊も上京

松本歩兵第五十連隊は四日、各兵の演習慰労帰郷中止及び歩兵学校入学生
の出発中止を命じた上、同日同隊は上京する事となった。(松本来電)

74 :名無し募集中。。。:2018/06/28(木) 21:41:14.89
             大正十二年九月四日 大阪毎日新聞 第二号外

鮮人一部の暴挙は
 既に完全に取締を遂行した
       警視庁の急告通達(三日付)

警視庁では三日、左の急告を発した。

昨日来一部不逞鮮人の暴挙ありたるも、今や厳密なる警戒により其跡を
絶ち、朝鮮人の大部分は順良にして何等凶行を演ずる者これなきに就き、
妄りにこれを迫害し暴行を加うるなどのことなき様注意せられたく、又不
穏の点ありと認むる場合は速かに軍隊警察官に通告せられたし。(名古屋経由長野電話)

危険器具携行者三十名 一日夕刻から警視庁外事課内鮮係及び高等特別各課
は総出の大活動を行い、三日正午までに二百余名の浮浪の徒と認むべきものを引致して取調を
しているが、其中に或種の危険器具類を携帯するもの三十余名に及び、引き続き厳重取調中である。
(高崎経由東京電話)

75 :名無し募集中。。。:2018/06/28(木) 23:16:27.18
               大正十二年九月二日 福岡日日新聞 第四号外

東京全市に戒厳令
 何人も帝都に入るを禁ず
    行方不明の者一万人に達す
           帝国大学も全焼

東京全市に戒厳令布かれ、何人と雖(言えど)も一歩も東京市に入らしめず。食料
券を携帯したる者のみに入場を許し。倒壊のため行方不明の者一万人。
東京駅前は四〜五の建物を除くのみにて全滅の模様である。帝国大学も
全焼せり。

76 :名無し募集中。。。:2018/06/28(木) 23:36:05.07
             大正十二年九月二日 福岡日日新聞 第四号外

嗚呼凄絶惨絶の極
      二十万の民家灰燼に帰す
      
共立女子職業学校、帝国劇場、有楽座、砲兵工廠、目黒火薬庫、士官学校、薬
学専門学校、日本電気、京橋区内の各新聞社、浅草十二階、其の他銀行会社商
店民家無量二十万が既に灰燼に帰した。殊に、神田方面と丸の内より銀
座にかけての方面と日本橋区、浅草区方面最も火災の区域が広く、夜の
内に焼け出された人の荷物絡(陸)続として跡に続く惨状目も当てられず。

77 :名無し募集中。。。:2018/06/28(木) 23:51:04.90
             大正十二年九月二日 福岡日日新聞 第四号外

帝都は殆んど無秩序
   宮内省内務省も焼く

焦土と化した東京市中は大混乱を呈し、鮮人等の跋扈非常に横暴を働い
ており、無秩序の状態にあり、焼失せる建物の主なるものは帝国大学、伊
藤松坂屋呉服店、内務省、電話線は長野大宮間は本日午前七時から開通
の見込みである。昨日午後、東宮殿下には自動車にて御避難遊ばされたが
御避難先は目下不明である。其の後主なる建物の焼失せるは左(下)の如し。

帝室林野管理局、宮内省・・・

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