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【音楽】岡林信康がはっぴいえんどをバックにロックへと転向した『見るまえに跳べ』 [フォーエバー★]

1 :フォーエバー ★:2021/12/11(土) 20:02:00.89 ID:CAP_USER9.net
OKMusicで好評連載中の『これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!』のアーカイブス。今回は岡林信康の『見るまえに跳べ』を紹介する。1968年に岡林が「山谷ブルース」でデビューした時、彼の音楽はそれまでのフォークソングとはあまりにも乖離しており、当初は戸惑うフォークファンが少なくなかった。しかし、徐々に彼に“本物”のプロテスト性を感じ、多くの音楽ファンがのめり込んでいった。そのメッセージ性はフォークというよりは過激なロックのようであり、実際デビューしてから彼はすぐにロックへと転向する。『見るまえに跳べ』は彼の2ndアルバムで、デビュー直前のはっぴいえんどをバックに従え、岡林のヒリヒリするような苦悶が記録された、優れたドキュメント作品である。

60年代後半の若者
岡林信康がデビューした60年代後半、この時代の若者たちは何をしていたのだろうか。僕は小学校の高学年でまだ何も分からなかったけれど、今から振り返ってみれば、激動の時代であったことはちょっとだけ知っている。ビートルズ、学生運動、ベトナム戦争、映画、前衛芸術、アングラ芝居、グループサウンズ、歌謡曲、深夜放送(ラジオ)、フォークソング、アイビー、アポロ計画(月面着陸は69年7月)、沖縄返還の準備、3億円事件、各種の公害などなど、いろんなことが起こっていた本当にすごい時代であった。

僕はまだ小学生なので、今挙げたようなことを横目で見ながら、洋楽やグループサウンズ、そしてエレキバンド(ベンチャーズとか寺内タケシとかね)のシングルを買い、駄菓子屋に行き、近所の広場で草野球をやったりしていた。巷ではフォークソングはかなり流行っていた。高石友也、フォーククルセダーズ、森山良子、ジャックス、中川五郎らのレコードは近所の4歳上の従兄弟が買っていたので、一緒によく聴いた。悪いこと(夜更かし)とは知りながら、時々、深夜放送も聴いて笑い転げていた、そんな時代。

フォークソングについては、“カレッジフォーク”とか呼ばれていて、テレビなどに出演していた森山良子とか五つの赤い風船の音楽は、きれいな音楽だと思っていた。ただ、高田渡、加川良らのような泥臭い関西フォークはあまりテレビには出なかったし、深夜放送でオンエアされていたものの、カレッジフォークとはかなり音作りが違っていて、中学に入るまではあまり好きになれなかった。唯一、フォーククルセダーズの「帰ってきたヨッパライ」は大好きで、毎日聴いては笑い転げていた。そのしばらく後、小学校でフォークルの「イムジン河」が発売中止になったという事件について、友達と話をした記憶があるのだが、小学生の間でさえ、フォークルの話が出るぐらいなのだから、当時はそれぐらいフォーク周辺の人気が高かったのだ。

12/11(土) 18:12配信
https://news.yahoo.co.jp/articles/afe586117da7ee5c071824746b8ecc580cfb4fdc?page=1
https://i.imgur.com/x1uMDjz.jpg

252 :名無しさん@恐縮です:2021/12/15(水) 15:53:57.75 ID:pCVgOTcv0.net
ヤマギシにいたんかい…

総レス数 252
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